隆太の半生記(4) ~秘密の告白。大学時代~
大学に入った隆太は、期待に膨らみ、ワクワクしていました。
いままでの自分は卒業できる。
好きなことをしていくんだ。
人間関係も、これから新たに創っていくんだ。
洋服も、いままで着なかったようなものも少しずつ着てみよう。
ような人たちと、仲良くなりました。
こんな自分もいたんだって。
やりたかったにも関わらず、スキーサークルの勧誘を
断れずに、入ってしまいます。
うちに来る?って誘ってくれました。
やりたかったテニスができたこのときから、もう恐いものなしに
なっていました。無邪気な子供のように。
とにかく、なにもかもが楽しくなっていました。
大学では、勉強もせず、テニス、飲み、合コン、バイト、
マージャンなど遊びまわっていました。
バイトは、「ありがとう」っていう言葉が言葉に出すことが
できなかったので、強制的に「ありがとう」って言わざるを
得ない、飲食店のバイトを選びました。
少しどもりも、昔からあったので、「あ、ああ、あありが・・」
って言っている間にお客さんが帰ってしまっていたり(笑)
っていうのを繰り返していました。
20歳を越えたころ、両親とはまだまだ折り合いもつかず、自分の
ことはほとんど言いませんでした。
祖母には、言っていたのですが、ある日祖母に、
「俺はほんとにこの両親から生まれたのかな~、信じられないよ。
父親とはぜんぜん性格もちがうし、母親はぜんぜんわかって
くれようともしないし・・」
って、半分冗談で言いました。
すると、祖母は、泣き崩れて、
「あなたは、両親の子供じゃないの。別の父親がいるの。」
って、言いました。
一瞬、「え?」って思いましたが、すぐ飲み込めました。
生みの父親と、育ての父親がちがっていたんです。
これは、なにかのドラマの話??
それを聞いたとき、隆太は、悲しくなると思ったんですが、
悲しいという感情は不思議なことにまったく出ずに、
「あっそうなんだ」って受け入れました。
理屈ではなくて、心の奥底で、もしかしたらわかっていたのかも
しれません。なぜかはわかりませんが。
たまに、どうしようもないくらい、孤独感を抱くことがありました。
そして、3歳くらいまでの記憶がほとんどないのです。
幼心に、ぼくは1人なんだって、どこかで思っていた。
だから、理解されない、だから、理解してほしい。
だから、本当は理解してくれる友人がほしい。
そんな裏腹な、精神状態だったんでしょう。
強く生きようっていう気持ちは、そのときから、芽生えていたのか
もしれません。そして、人にはやさしくしたい。そんな気持ちも。
でも、いまの両親に対しての態度が変わることもありませんでした。
(両親は、私が知っていることをまだ知りません)
祖母に対しても、
「でも、育ててくれたのは、いまの両親だし、なにも変わらないよ」
って伝えました。実際、そうでしたから。
就職活動の季節になりました。
好きなことをやっていきたい。
そんな思いで、大学3年を迎えました。
その前くらいから、人生や仕事、こころ、人間関係、自分に
ついて悩んでいたことから本を読むようになっていました。
どうしたら、自分らしくなれるのか。
隆太は、どんな仕事であっても、「人」が関わる。
「人」が、人生のキーワードで、人に関係することで、
好きなことをやっていくのが、これからの人生でやっていく
ことだと思いました。
周りを見てみると、就職活動のリクルートスーツを着て、
履歴書を手裏剣のように100社以上の会社に配っては、
その会社が好みそうな面接トークを勉強している。
いい大学に行って、いい会社に就職して、いい結婚をして、
いい人生を歩んで、いい老後を迎えて、いい死を迎える。
このセリフは、聞き飽きていたし、「いい」ってなんなんだろう?
生きる意味は?人生って?仕事って?結婚って?お金って?
大人になるって、どういうこと?
みんなそれを思考停止して、一律の答えを片手に就職する。
そういうのに、従っていっても、この先世の中は不透明。
昔のような安定なんて、保証なんかない。
なら、自分で自分の道を切り開くのがきっといいだろう。
そう隆太は、考えました。
隆太は、学歴もなにもすべてが関係ない、自分の好きなこと、
価値観、実力のみを試すことのできる世界に行きました。
テニスのコーチでした。
テニスはうまかったわけでもなんでもなく、ただ興味があったんです。
あと、はた目に見ていて、カッコよかったので(笑)
反面、自分にはできない。。って、2年生のころからやりたくても
できないって、躊躇していました。
スクール生だった自分には、コーチは雲の上の神様のような存在
だったんです。
でも、思い切って、テニススクールのコーチに、
「実は、テニスコーチになりたいんです。バイトをやりたいです。」
って、言ったら、
「お前、バカじゃないの?お前みたいなヘタッピになんか
できるわけないだろ?」
とか言われると思っていたら、「いいよ」ってあっさり
デビューできました。
大いなる壁は、ただの扉だったということがわかった瞬間でした。
4年生になるころ、隆太はテニススクールに週6日、バイトを
やりに行き、ひたすらテニスと家の往復をしていました。
それが、隆太だけの就職活動でした。
そのまま、コーチとして、就職することになりました!
「やった、好きなことを仕事にできたぞ!!」
そう思いました。
でも、夢を現実にし続けるには、そう甘くはありませんでした。
~(5)に続きます~


